新宿にあるSOMPO美術館で2025年9月20日(土)から12月14日(日)にかけて開催中の、『モーリス・ユトリロ展』に行ってきました。

モーリス・ユトリロ 寂しさに包まれた生涯
ユトリロは「世界で一番売れた作家」とも言われるほど、生前から人気のあった作家として知られていますが、その生涯は寂しさに包まれたものでした。
ユトリロは1883年に母は画家のシュザンヌ・ヴァラドンのもとに生まれました。幼いころから祖母に育てられ、てんかんや情緒不安定に苦しむ繊細な少年でした。学校生活にもなじめず転校を繰り返し、思春期にはアルコール依存や精神面の不調から入退院を繰り返します。

そんな彼が絵を描き始めたのは、医師から「興味の持てるものをやらせてみては」と勧められたことがきっかけでした。独学で描き続け、やがてモンマルトルやパリ郊外の風景を題材にした独自のスタイルが芽生えていきます。
1900年代後半には印象派の影響を受けながらも独自の構図を探り、“白の時代”と呼ばれる代表的な作風に到達します。この時期、パリの街角を白い光に包まれたように描いた作品は一気に評価を高め、ユトリロの絵は飛ぶように売れました。ところが想像以上の成功は、彼を再びアルコール依存へと引き戻し、絵を描いては売り、飲んでは暴れて捕まる——そんな生活の繰り返しでした。
依然として入院と制作を繰り返しながらも、ユトリロは次第に“色彩の時代”へと移り、黒い輪郭線と鮮やかな色彩で街並みを表現する新たな画風を切り開いていきます。
1929年の世界恐慌の中でも、ユトリロの作品だけは例外的に売れ続け、母と継父からは「貨幣製造機」のように扱われていました。母に半ば幽閉されるような生活を送らされ、求められるままに絵を描き続けました。1955年、風邪をこじらせて71歳で死去。天才として多くの人に愛された一方で、その生涯は寂しさに包まれていました。
『モーリス・ユトリロ展』
今回の『モーリス・ユトリロ展』では、国内外の作品74点に加え、手紙などの資料も展示されています。
展示フロアは主に3つの章で構成されています。第1章は、絵を描き始めた直後の「モンマーニ時代」。第2章は、画家としての絶頂期として高く評価されている「白の時代」。第3章は、経済的な安定とともに明るい色彩を手に入れた「色彩の時代」です。
ユトリロの作品のほとんどが風景画のため似たような構図の絵画が多い印象ですが、各章によって色使いが異なるのが印象的でした。
つぎに各章で見どころとなる絵画をご紹介します。
第1章 「モンマーニ時代」
ヴィルタヌーズの城(1908-1909年頃)

本作は、19世紀に取り壊されたとされる町・ヴィルタヌーズにかつて存在した中世の城を描いたものです。そのため、ユトリロは想像を頼りにこの風景を描いたといわれています。
まず目に入るのは木の細やかな描写でしょう。主幹から枝先まで非常に緻密で、しかも不規則に描かれており、枯れ木のように葉がないため背後の建物までくっきりと見渡すことができます。
ユトリロ作品には全体的に暗い雰囲気のものが多いのですが、その理由は空の表現と草木の深い緑の組み合わせにあるように思えます。曇り空のトーンに濃い緑が重なることで、画面全体が重く陰影のある印象にまとまっています。
第2章 「白の時代」
「可愛い聖体拝受者」、トルシー=アン=ヴァロワの教会(エヌ県) (1912年頃)

“白の時代”を代表する作品と言われています。タイトルの「可愛い聖体拝受者」は、聖体拝領の日にユトリロが夢で見た少女に由来するとされていますが、作品中に少女の姿は描かれていません。
“白の時代”特有の、落ち着いた灰色や鈍い白が画面全体に広がり、ユトリロらしい静かな空気を作り出しています。背景の教会内部は細部を描き込みすぎず、ややくすんだ色調でまとめられており、全体に素朴で厳かな雰囲気が漂っています。
ユトリロ作品の特徴として、画面に奥行きを生み出すために道の先を遠くまで描き込む手法があります。そのため、道が奥へ進むにつれて“圧縮効果”のような視覚効果が生まれ、より強い奥行き表現につながっています。
また、署名の「Maurice Utrillo V.」のVは、母親シュザンヌ・ヴァラドンの頭文字です。ユトリロはかつての自分の旧姓を生涯にわたって署名し続けました。
第3章 「色彩の時代」
モンマルトルのミミ゠パンソンの家とサクレ゠クール寺院

正式なタイトルは《モンマルトルのミミ゠パンソンの家とサクレ゠クール寺院、モン゠スニ通り(モンマルトルのサクレ゠クール寺院)》です。
“色彩の時代”に入ると、ユトリロは白以外の色を積極的に用いるようになり、画面全体に明るさと華やかさが加わっていきます。

また“白の時代”と比べると、人の姿がより大きく描かれるようになるのも特徴です。背景の一部として小さく配置されていた人物が、“色彩の時代”には画面全体の中で存在感を示すようになります。
特に女性像では臀部が強調されて描かれることが多く、これはユトリロの複雑な母子関係や、いわゆるマザー・コンプレックスを反映しているのではないかという説もあります。
まとめ
ユトリロの作品の約9割以上は風景画で構成されており、とりわけパリの街並みを描いた作品が圧倒的多数を占めています。そのため構図が似ていることに単調さを覚える人もいるかもしれません。しかし、ユトリロが生活のために絵を描き続け、売れるテーマを求めなければならなかった背景を考えれば、こうした傾向は自然なことだと納得もできます。むしろ、限られたモチーフの中でこれほど多彩な表情を引き出したこと自体が、彼の観察力と描写への執念を示しているように思えます。
そして個人的には、静物画や肖像画よりも、シスレーに代表されるような風景画に惹かれるタイプなので、ユトリロの作品はとても自分の好みに合っていました。淡々としていながらもどこか物寂しさを含んだパリの街角は、眺めているだけで想像が膨らみ、ユトリロの世界に引き込まれるような感覚を覚えました。

